高校生だったあたしが愛した男性2つ年上の大学生だった。
20歳そこらの男にとって、「偉そうにする」事がステイタスだったかもしれない。
亭主関白のようになっていき、あれをしろ、これをしろ。あれはするな。
そんながんじがらめの付き合いが嫌であたしから別れを告げた。
それでも、ずっと忘れられない人。別れて10年後に会った。
そして月日が流れて、再び10年後にも会った。
不思議と10年サイクルで会う。
それから10年後は、あと5年後。お互いに生きているんだろうかね・・・
神戸商船大学に通っていた彼。今でも神戸に行ったら思い出す。
練習船で実習があり、神戸に帰港したときに迎えに行ったな。
「銀河丸」いまでも忘れない。「なんだ・・・日本丸じゃぁないんだ」そんな話をしたのを、昨日のように覚えている。
20歳の彼。18歳のあたし。
彼は今、アメリカ・ケンタッキー州にいる。
日本の自動車会社の子会社の副社長となり、恐らく日本に帰ることはないだろうと言っていた。
なぜなら、日本に帰っても、就くポストが無いそうだ。
副社長が就くポストと言うと、同等か、それ以上だもんね。
何をしているんだろうな・・・・・
あたしが愛した人は?と聞かれると、娘達の父親ではなく、この彼の名前が出る。
結婚したかったんだ。本当はね。
18歳。高校を卒業するときに、お互い結婚するならこいつだって思ってた。多分。
私のお腹には彼の子供がいた。
彼が長男だと言うだけで反対したあたしの父。
彼が片親だと知り、実家のある九州に帰ってしまうのではないか?と言う事も理由だった。
反対され、反対され、めげていた時の彼の関白ぶり。
逃げ出したい気持ちで別れを告げた。もちろん子供は産めなかった。
二人とも若かった。
今彼は、ふたりの女の子のパパ。4つ年上の奥さん。
アメリカの家は、部屋が8個。バスルームも4つだと言っていた。
アメリカ・デトロイト。
自動車の街に住む彼。今頃なにしてる?元気でいるの?
時々はあたしの事を思い出してくれているかな?

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